築100年の古民家をリノベーションして営まれているパンと珈琲、お菓子の工房「Kitchen 313 Kamiyuge(キッチン サンイチサン カミユゲ)」。そこに暮らす家族の日々をレポートします。
◎文・写真 増田薫
「離島のパン工房」
弓削島の食べ物について、一番の思い出は何ですか?とたずねると、真紀さんはにこにこしながら「ネコに魚を盗られた話」を教えてくれた。
夏休みに「2週間、おばあちゃんと島に住む」ことになったある夕方、海岸へ散歩に出かけている間に焼いておいた魚をネコに盗られ、晩御飯のおかずが無くなってしまったそうだ。
宮畑真紀さん、39歳。愛媛県の離島、弓削島に移住し、パンと珈琲、焼き菓子の工房「Kitchen 313 Kamiyuge(キッチンサンイチサンカミユゲ)」を営んでいる。
店舗として営業されるのは火、木、土の週3日、11時から学校から子供たちが帰宅する15時30分まで。他の日は特別にオーダーがあったパンやお菓子を焼いたり、自家焙煎珈琲と焼き菓子の詰め合わせなど、地方発送の手配をする。
珈琲豆を焙煎するのは真紀さんのご主人だが、それ以外のパンやお菓子は真紀さんひとりの手作業で作られる。「ていねいなものを提供したいから今のペースがちょうどいい」と真紀さんは話す。
オープンして2年目。こつこつと真紀さんはパンを焼き続け、ご主人は珈琲豆を焙煎し続けた。お客様から気軽に「313(サンイチサン)」と呼んでもらえる店でありたい、そんな二人の願い通り「常連さん」も少しずつ増え Kitchen 313 Kamiyge は 313 として、上弓削地区の路地に根付いている。
「古民家での新しい日々」
弓削島は真紀さんのお父さんの故郷。その縁で、神戸で生まれ育った真紀さんも子供の頃は年3回ほど島を訪れ海水浴などをして過ごした。だから弓削島は自分にとっても「田舎」だと真紀さんは語る。
真紀さんにとって大切な島、そして何よりお父さんから受け継いだ家が、彼女と彼女の家族を呼んだのかもしれない。
移住を決めたのは東京で建築関係の書籍編集にたずさわっていたご主人だった。
「子育ては東京でなく田舎でしたかった。古い、良い家があるなら使わないと『もったいない』とも考えました」とご主人は話す。
「まさかここに住むことになるとは思っていなかったけれど」当時の思いを真紀さんは教えてくれた。「私も自分の子供には自然のそばで育ってほしいという気持ちがありました」
ふたりの思いは重なり、2011年、当時小学校4年生だった長男の尚輝君と小学校の新1年生になる長女の紗稀ちゃんと共に弓削島の家へと引っ越すことに。住所はのちに店名のベースとなる「上弓削313番地」。一家の新しい日々がスタートした。
「働く場所と住まい」
真紀さんと家族が暮らし始めた島の家は、お父さんから受け継いだ築100年を迎えようとしている古民家だった。
そして、そこでお店を営むことは、真紀さんとご主人が願っていた「職住一致」を叶えることでもあった。
好きなことを仕事にする、仕事をする姿を子供に見せる、毎日「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」を家族に言う。
住む場所と仕事する場所を同じにする、つまり職住一致というスタイルを取る事で真紀さんが叶えたかった3つのことだ。
そして移住してから3年後、島内外の建築家や大工に設計、施行をお願いし、移住後すでに弓削島の古民家を調査するワークショップを開催していたご主人とともに、真紀さんは居住スペースに隣接する蔵をリノベーション。店をオープンした。
天井を抜いたり、壁土を踏んだり。自分が出来ることには積極的に参加したという真紀さん。くぎを使わない工法など昔の「手仕事」に間近に触れ、お父さんが残してくれた家を「もっと大切にしたい。まだまだ残していきたい」とあらためて感じたと言う。
「蔵に息づくもの」
パンの発酵が比較的スムーズに進むこの季節、真紀さんの仕込みは早朝4時半頃に始まる。
「空間にはその場所にしかいない、菌がいるんですよ」ベーグルの仕込みを始めるために手を洗いながら、不意に真紀さんが教えてくれた。「その菌のおかげで、ここで作るものは美味しくなる気がします」
たとえば同じレシピで作ったとしても、他の場所で焼いたものにここで作ったお菓子やパンの味わいは出ない。蔵の空間に息づく菌が助けてくれていると言うのだ。
「暗い暗い蔵だったんですよ」と真紀さんが話すお父さんから受け継いだ蔵は、今は工房へと生まれ変わり、天井はすっきりと抜かれ、上弓削地区に特徴的な細い路地に面した開放的な窓がしつらえられている。通りかかった近所の人が、仕込みをしている真紀さんに気がつくと笑顔を送った。
「今も祖母や父を知っている方たちがいて温かく声をかけてくださいます。野菜もおすそわけしていただくし、『忙しくてできんじゃろ?』と畑に苗を植えてくださる方も(笑)それでお返しに私はパンを焼いてプレゼントしたり・・・」
真紀さんのご主人はそれを「都会には無かった循環」と呼び、真紀さんは「昔は当たり前にされてきた物々交換」と話す。そしてそんな島の日常を真紀さんは愛している。
蔵の空気と温度、湿度、島の日差しと地域の人たちとの交わりの中で313のパンやお菓子は焼かれる。
そしてそんな真紀さんたち家族の暮らしは、お父さんからの贈り物なのだ。
「ベーグルに込める、島からの恵み」
お店の人気メニューは手ごねの「313食パン」、そして、定番のプレーンやチーズ、チョコレートの他に、旬の食材を使って焼かれる季節限定品など全10数種類に及ぶベーグルだ。
この日真紀さんは真夜中に煮ておいたきび砂糖とレモンのジャムを、クリームチーズと一緒に生地の中へ入れた。ちなみに先週まではきんかん。こうして島で育まれたかんきつでジャムを作ってはたっぷり使う。
その他春はさくらんぼのコンポート、夏はナスやトマト、セロリを使ったミートソース、秋はいちじく・・・。折々の島の恵みを存分に活かし、季節限定のベーグルが焼き上げられる。
「春には山でヨモギを摘んでベーグルに練り込んだんですよ。春のヨモギは美味しい・・・」と、真紀さんはとてもしあわせそうに語った。
「家族と、食事と、ベーグルと」
そして一緒にヨモギを摘みに行ったのが今は小学校6年生になった長女の紗稀ちゃんだ。
他にも山に芽吹くキクラゲにツワブキ、そして木苺といった季節折々の実りを「あの子は私より見つけるのが早い(笑)」と真紀さん。紗稀ちゃんはすでに頼れる存在なのだ。そうして採ってきた野草や海草を真紀さんはパンに使うだけではなく美味しく調理して食卓にも並べる。
また、工房での真紀さんの仕事ぶりを見るうち子供たちも自然とパンやお菓子を作り始めた。尚輝君は真紀さんも驚く正確さと集中力でベーグルやフロランタンを焼くし、紗稀ちゃんの将来の夢は「お母さんみたいなお店をすること」だそうだ。
働く親の背中を見ながら島の自然の中で子供たちは成長していく。
「今をていねいに、未来を見つめて」
「父が残してくれたこの家があったから、私たちは新しい暮らしを始められました」
真紀さんは、この家、イコール、313 を「生きる源」だと言った。真紀さんにとってこの家で「食べること」、そして「食べ物を作ること」とは、今の暮らしを支え、同時に子供たちの将来につながっていくものなのだ。
「いつか子供たちも巣立っていくんでしょうけれど」その日までは、ここで子供たちの未来をともに見つめながら、一日を始めてパンを焼き、帰ってきた家族と一緒にご飯を食べて一日を終える。そんな日々を丁寧に重ねていきたいと真紀さんは願っている。
———————————–
Kitchen 313 Kamiyuge(キッチン サンイチサン カミユゲ)
Tel:0897-72-9075
住所:愛媛県越智郡上島町弓削上弓削313
営業日:火、木、土 11時~15時30分
Menu:
Bread 食パン(1斤450円)ベーグル(160円~)など
Sweats マフィン(200円~)、その他ナッツクロッカン、ブラウニーなど
Drink 珈琲豆販売の他、店内でホットコーヒー、アイスコーヒー、季節のジュース をお楽しみいただけます。
※その他記念日、誕生日用 ホールケーキ(5日前までに要予約)
※パン、焼き菓子と珈琲のギフトセットなど地方発送あり
※制限の方のために、塩/オイルフリーのパンのご注文承ります。
お気軽にお問い合わせください。
イベント出店予定:
2016年7月30日「アルバムカフェin海のコミナミマルシェ」