島の塩工房をたずねて

家で使っている塩はどんな味ですか? どんな舌触りで、どんな色をしていますか? 塩はただしょっぱくてサラサラで白いものだけじゃない・・・。

愛媛県の離島、弓削(ゆげ)島で作られている塩を初めて口にした時、味の複雑さに驚きました。自然の素材と向き合いながら職人が炊き上げていく、製塩の現場からリポートをお届けします。

◎文・写真 増田薫
◎取材協力 NPO法人 弓削の荘しまでカフェ

「塩の島」、弓削島

弓削島の人にも人気が高いイカ。やわらかく厚みがあり絶品。

弓削島で、海水と海藻から作られる天然の藻塩「弓削塩」。
ひじきを炊きあげて作る「ひじき塩」からは磯の香りと香ばしさが、アマモを炊きあげて作る「あまも塩」からはやわらかい甘みと旨みが、舌の上でじんわり溶け出していく…。
それらの重層的な風味は、新鮮な魚の刺身や採れたて野菜のおいしさを存分に引き出します。島唯一のカフェ、「しまでカフェ」の人気メニュー「イカのスパゲッティー」にも使われ、イカのふっくらとした甘みをより引き立ててくれています。

米や麦の代わりに、年貢として塩を納めていたと言われている。

弓削島は、他の多くの離島と同じように、過疎高齢化や里山の荒廃などの問題を抱えている小さな離島ですが、中世期から室町時代にかけては、島民自らが京へと船を漕ぎ出し、塩を献上していたという豊かな歴史を持っています。今は防波堤とテトラポットで整えられている島の西岸には、広大な塩田が広がっていたとも言われています。

今から約3年前、塩の専売化以後永らく途絶えていたその歴史を継承しようと、海沿いの工房で、塩づくりが始まりました。名前は「弓削塩」。海水と、ひじきあるいはあまもと言った海藻だけで炊きあげていく天然の「藻塩」です。

眼前の海から生まれる塩

弓削塩作りは、Iターンで移住してきた40代の伊藤さんと、退職後に塩職人となった60代の村上さんの二人に担われています。
まず、製塩に使う海水を、工房の目の前に広がる海から直接、電動ホースで貯水タンクまで汲み上げます。

この日は煙突掃除も行われていた。竹ぼうきだけでは長さが足らず、急きょその場で棒をつなぎ煤を落とす。

炎を見つめながらの作業は「瞑想に似ている」そうだ。

そこから窯に注ぎ入れ、松林で集めた松葉、山の木々の枝、あるいは取り壊す家から頼まれて片付けてきた木材を薪にして炊き、水分を飛ばしていきます。

通常、海水の塩分濃度は約3%。塩として取り出せるのはそれが約30%程度まで濃縮された頃。その間、濃度計で状態をチェックしながら撹拌と海水の注水を繰り返し、途中で別の鍋で煮詰めた海藻エキスをあるいは海藻そのものを投入、更に自然に生成される硫化カルシウムを取り除きながら、じっくりと煮詰めていきます。

日にかざすようにしてのぞき見て確認する濃度計。最初はゆっくりとしか変わらない数値は25度を超えると見る見るうちに上がっていく。

海藻を炊き出す鉄の鍋。エキスが浸みこんでいるようにも見える。

窯に投入された海藻。しばらくすると甘茶のような香りが漂い始める。

塩が出来始めた様子は、ちょうど星雲が渦捲いているようにも見えます。そして結晶の一粒一粒はちいさな星々のよう。微妙な火加減や温度の違いで、そのかたちや大きさは毎回異なります。

「杉樽を使うようになって、味がまろやかになった気がする」製塩は職人の舌や目でひとつひとつ確かめながら。

 

窯から取りだした塩は、杉樽で2日ほど熟成させます。こうすることで余分なにがりがしずくとなって自然と落ち、適度なまろやかさが生まれます。

最後に、大きな粒を潰しながら乾燥機で乾燥させ完成です。全工程でおおよそ20日程度、最大で40キロの藻塩が作られます。
やわらかな生成色のひじき塩、薄日が差し込む雲にも似たライトグレーのあまも塩。どちらも、海藻のエキスから作り出したからこそできる、自然の色です。

「手探り」の連続

こうした製塩に目安はあっても、こうすれば必ず成功するという絶対のマニュアルはありません。道具も、藻塩作り用の既製品はなく、塩をかき混ぜたり窯の汚れを獲るヘラ、そして貯水タンク付の窯や煙突まで、職人さんたちの手、あるいは地元の方の手で作られた「手作り」のものです。

その時々の様子を見ながら微妙な手加減を加えていく。より便利な道具を自分たちの頭で考えて作る。その都度「ああでもない、こうでもないと言いながらやっている」と職人の伊藤さんは教えてくれました。

撹拌用のヘラが割れたため、新しいものを作成中。

二人の話し合いは、根を詰め過ぎず、時折長く続く。

現場で使われる海水も海藻も自然のなかで育まれるもの。気温、湿度、天気。季節によっても天候によっても、それら素材の状態は常に変化します。相手は生きていて変わるもの。だから毎回作り方に調整や挑戦はつきもの。その年その年で実るくだものの甘みや酸味が微妙に違うように、厳密に言えば、塩の味わいも異なるものです。

もちろん、製品である以上、ある程度以上の品質、安定性は必要です。ただ、いつもコピーしたように同じ色で同じ味、そういう食べ物に、消費者であるわたしたちは、慣れ過ぎているのかもしれません。

道具はもちろん、机や道具掛けなど、工房内は手作りのものがとにかく多い。

今日も海沿いの工房の煙突から青空へ、白い煙が昇っていくのが見えます。あの煙は、変わらずに炊き続けている、そして素材を見つめ、手法を変えながら炊き続けている「しるし」です。

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「塩職人」が参考にしてる書籍は?

藻塩の製造が各地で「再開」されたのは、専売公社化されていた塩の販売が2002年に自由化されてからのこと。その意味では、現代の藻塩作りは10数年と歴史が浅く、またそれぞれが独自の製法に沿って製塩を行っているため、絶対的に参考になる書籍は「ない」と言ってもよい状況だとのこと。
Facebookなど、あくまで個人的な人と人とのつながりも活用しながらの模索は続きます。

»「塩とニガリがよくわかる本」 東京書籍/玉井恵 著
»「海から来た宝物 塩の大研究」 財団法人塩事業センター監修
»「弓削島荘の歴史」弓削町発刊/山内譲著

塩の結晶写真2点、および濃度計の写真は、職人の伊藤さんよりご提供いただきました。弓削の荘のFacebookページでは、美しい結晶の写真をたくさん見ることができます。