島内に設けられた四十八か所の札所を巡る「島四国」。四国をまたぐ巡拝には出ることが難しい瀬戸内の島々で、今も続けられる伝統行事です。
愛媛県の離島、弓削(ゆげ)島のちいさな集落「大谷」のお接待とそれを支えるひとりの女性に、山や磯のめぐみをいただく「いただきます」を学びます。
◎文・写真 増田薫
春は島四国
ここは瀬戸内は愛媛県の離島、「弓削島(ゆげじま)」。因島とほど近い、人口3600人(※平成25年4月30日現在)ほどの島です。この弓削島に暮らす人たちにとって、毎年4月に行われる「島四国」は春の一大イベント。朝7時頃から昼過ぎまで、大人も子供たちも、車や自転車あるいは徒歩で島内の札所を巡り、地元の人たちがボランティアでもてなす「お接待」を受けます。
この頃のお接待で出されるのは、お菓子やジュース、菓子パン、この辺りでは「ポッキンアイス」と呼ばれる棒アイスなど。島四国が行われる少し前から、港前のスーパーには「お遍路コーナー」が設けられ、おせんべいやスナック菓子が棚に並びます。
島中から訪れる
そんな中、昔ながらの豆ごはんやあたたかい煮物が振る舞われ、島内外から500人以上は訪れるという巡拝者で賑わうのが「大谷(おおたに)」の札所です。
大谷は弓削島の東岸部を切り開いて作られた、5世帯が暮らす集落です。手作りというだけでなく、大谷で出される料理は本当に美味しい。中でも竹の子の煮物は絶品 です。そんなにたくさんは食べられないと思っていても、魔法にかけられたようにお腹の中にスウッと吸い込まれていきます。竹の子は好きではないはずの子 どもがここのお接待では次々とおかわりすることも珍しくありません。
そして数多くの巡拝者のために、中心となって料理をするのが長田良子(おさだりょうこ)さん、80歳。
「どんだけ教えてもらっても、良子さんの味にはならん」
「良子さんがおらんなったら(いなくなったら)、大谷の接待はできん」
集落のみんながそううなずきあう、集落にとって、そして弓削島にとって、とても大切な人です。
おかげさまで今日は晴れました
天気予報では雨だった今年の島四国。雲の流れが早まったのか、雨は夜のうちに降り終わり、当日は時々陰るくらいの青とになりました。暑過ぎず、歩いてまわるのにはちょうどよい塩梅です。
「お大師様のおかげで晴れました」
洗いものなど手伝えないかと集落の集会所をのぞくと、良子さんは一番初めにそう言い、
「座って食べんさい」
と、豆ご飯と、例の竹の子の煮物を出してくださいました。
竹の子を掘り出してくるところから当日まで、大谷のお接待は、良子さんを初め集落に暮らす家族総出でまかなわれています。良子さん自身も、1週間ほど前から大量の竹の子を水煮にし、その水を日々変え、前日の晩は深夜まで当日は早朝からの調理と、毎年のお接待に当たります。
「今年は竹の子が少なくて。固くなあい?」
「たくさん食べんと歩かれんよお」
疲れているはずなのに調理の合間に幾度となくおだやかに声をかけてくださる良子さん。決して押しつけがましくないのんびりした調子にひきこまれ、手伝うはずがこちらもついのんびりと食べ始めてしまいます。
大谷版お接待のルーツ
良子さんがお接待の調理を任されるようになったのは40歳の頃。ちょうどその時、旦那さんが医者から止められてしまったウイスキーが開けたばかりの状態で残っていて、捨てるのももったいないからとお客さんにふるまうことに。それまでお接待では白ごはんか豆ご飯にたくわんとお茶が定番でしたが
「それなら、お酒と一緒に食べられるものがあるといいねえって」
集落のみんなで話すうち、竹の子の煮物を一緒に出すことになったのだと言います。
つまり大谷版お接待の名物、竹の子の煮物は、良子さんがルーツなのです。
良子さんが作る竹の子の煮物の、味の秘密を知りたくて、そっと鍋をのぞかせてもらいました。ひと抱えある大鍋の蓋をあけると、中には鯛がまるごと一匹。こうして出汁を取るそうです。ただし一緒に炊くのは十五分くらい。それ以上いれておくと煮崩れて
「中に骨が落ちてしまうじゃろ?」
そうなったら食べづらいから、時間が経ったらすぐに取り除くのだと言います。
大谷ではずっとこうして竹の子を炊いてきたのかと尋ねると、良子さんオリジナルのアイデアだとか。鯛にこだわるのではなく、その時ある、一番美味しい白身魚を入れるそうです。
息づくものの美味しさ
今の大谷の集落を切り開いたのは、実は良子さんのおじいさんとおばあさん。良子さんはそのおじいさんとおばあさんとともに3歳で別の集落から移り住み、ずっとこの地で暮らしています。そして9歳の頃から、「おくどさん」と呼ばれていた三升炊きの鉄窯で、家族や畑の手伝いに来る人たちのために朝4時には起きて朝ご 飯を作るように。日中には山菜や竹の子を掘りに山へ、わかめ採りやカキ打ちに磯へ、船を漕いで釣りに出て…。そんな風に暮らしてきました。
だから山や磯こそが良子さんの生きる場所。足が悪くなってもうだめよ、御本人と言いますが、竹の子掘りに出掛けた時の歩くスピードや竹の子を見付ける目の速さには誰も敵いません。
採ってきたものをきれいに下ごしらえして料理する、何十年とそうやってきた良子さんは、地のものに沿って生きる力と 知恵を持っています。竹の子と魚を一緒に炊くと美味しい、そんなひらめきも、良子さんの頭の中には自然と降ってくるものなのかもしれません。
良子さんとっての「いただきます」は、山や磯に息づくものをありがたいと思いながら美味しくいただくことなのです。
「今度はお節句の柏餅を食べに、おいでんさいよお(いらっしゃい)」
良子さんはそう言って手を振り見送ってくださいました。毎年旧暦の5月5日に小豆や空豆、エンドウ豆で作る餡が入った餅をボギの葉で包むこの柏もちも、もちろん良子さんの手作りです。山や磯にめぐる季節とその恵みの中で、良子さんの月日は過ぎていきます。
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