スーパーやお肉屋さんで、お肉が売られているのは、普段からよく見かけます。ちょっと田舎に行けば、牛を飼っているところも簡単にみることができます。でも、牛がお肉屋さんに並ぶその途中のことは、なかなか遠いものに感じます。どこかでその作業が行われているはずなのに、どこでやってるか知らない。そういう風に感じてる人は多いような気がします。
以前、鶏の屠殺のイラストを描いたのがきっかけで、2012年12月4日、大阪で人権などの活動をされているNPOダッシュさんに誘われて、兵庫県加古川市の加古川食肉センターに牛の解体を見学に行ってきました。その工程をイラストにしたので、感じたことや考えたことなどと合わせてこちらにアップしました。
※この記事は、公開当時記事の説明のため写真を使用しておりましたが、現在同センターが撮影禁止となっているため、イラストに差し替えさせていただきました。(2015年8月)
◎絵・文 ナオヤ(agasuke)
※あっ。写真見ていただくとわかるんですが、牛さんはみなさん黒々としてらっしゃいました!黒く塗るといろいろ大変そうだったので茶色にしちゃってごめんなさい!
解体の工程
食肉センターは、全国に150箇所あるそうですが、
中を見学させてくださるところは少ないのだそうです。
加古川食肉センターは、ガラス張りの見学施設があり、見学者がよく来るのだそうです。
一年で1000名くらいとおっしゃってたと思います。
(週2で十数名受け入れてたら1000人になりますね)
現地に到着して、最初に目に入ったのが大きな枝肉が運ばれているところでした。枝肉とは、簡単に言うと、牛の四肢の先端を切り落として、後ろ足で吊って、皮をはがして、頭や尻尾をとって、内臓をとって、身体を真っ二つにした状態のものです。
枝肉が出てきた建物の横には、要らなくなった牛の皮が出てきてました。
この皮は入札で行き先が決まるのだそうです。鞄や靴など、革製品になるのだと思います。
枝肉が出てきた反対側に回ると、連れられてきた牛たちがたくさんいました。
ここでまず、健康かどうかの検査が行われるのだそうです。
搬入する人向けに、清潔な牛を運ぶよう、汚れてる牛はきれいにして係留するように注意書きが貼られていました。
加古川食肉センターは、大きな動物専門で、1日あたり平均で5〜60頭、最大で125頭解体できるそうです。
そして、敷地内には、畜魂碑がありました。
毎年10月には畜魂祭が行われているのだそうです。
この畜魂碑は、係留されているまだ生きている牛から見えるところに立っていて、この石碑の意味は、この牛たちにはわからないんだよなあなんてことも、つい思ってしまいました。
中に入ると、ひと通りの作業をガラスを隔てた部屋で見ることができました。
センター内は「ダーティーゾーン」と「クリーンゾーン」に分かれます。
一番上の工程のイラストをご参照ください
外から続々と牛が中に入ってきます。一番先頭に来た牛がノッキング(牛が苦しまないよう、屠殺用の銃で頭部に衝撃を与えて意識を消失させることです)され、気絶し、倒れると、牛の横壁がくるっと開いて速やかに放血され、失血死させられます。
この血は、乾燥させて畑の肥料に。果樹などを甘くするのだとおっしゃってました。
また、無駄になるところは本当にないのだとおっしゃってました。
ここの作業は本当にあっという間で、みるみるうちに懸吊されます。
そしてどんどんと皮を剥がれて、白い肉塊に。
牛一頭ごと、エアーナイフというピザでも切りそうな形のナイフを消毒して皮を剥いていきます。
ダーティーゾーンの最後に、バキューム洗浄され、クリーンゾーンに入ります。「牛」と「食べ物」の境界のようにも感じました。
クリーンゾーンに来た牛はまず頭を切り落とされます。
このときに脊髄も抜かれ、BSEの検査に出されます。
内臓をとるところ。手前が白物(胃や腸)、奥が赤物(心臓や肝臓など)。
白物は、ドサッという感じで下に落ちて、そのままベルトコンベアで運ばれます。
赤物は、実はよく見えなかったのですが、現場にあったパネルによると、検査用レーンにかけられるようです。
最後に真っ二つに切断されて、検査に合格したらトリミング(おそらく余計なものを取り除く作業)、洗浄され、冷蔵庫に運ばれるとのことでした。
ひと通りの工程を見せていただいたあと、『960日のいのち』というDVDで、「生後六ヶ月でオスは去勢。精巣をとらないと、肉質が固くなる」「繁殖農家で生まれて、8ヶ月すると、肥育農家に行く」など、牛が生まれてから処理場に来るまでの話や、いま見た作業工程を復習し、センター長のお話を伺い、見学会は終了しました。
見学に参加する前に考えてたこと
この見学会に参加するにあたって、というつもりでもなかったのですが、事前に二冊の本を読んでいました。
ひとつは、佐川光晴さんの『牛を屠る』。
もうひとつは、本橋成一さんの写真集『屠場』です。
この二冊は、日本での牛の屠殺を克明に記したもので、とても生々しく迫ってくるものがあります。そして、この二冊は共通して「以前の方式」について触れています。
『牛を屠る』によると、芝浦が1985年、大宮では2006年に。
そして、加古川食肉センターでは、2001年に設備を入れ替えて、最初から最後まで牛を吊ったままの「オンレール方式」に変更されたそうです。
これは、食肉の「安全性」がひとつ大きな理由で、たくさんの牛の中に、もし一頭でも病気を持った牛が紛れてしまっていた場合にそれが拡がらないようにと考慮されているもので、とても徹底しているのだなあと思いました。そして、見学施設自体も、この「安全性」をアピールするためにオープンにしてるのだなあと実際に見学して理解しました。
現在行われている「新しい方式」について、佐川さんは、どっちがいい悪いということは書いてないものの、細かい作業が増えたことなど、以前の方式を懐かしむような雰囲気も感じました。本橋さんは写真集のまえがきの最後に、「新旧屠場の写真を並べると、旧屠場の写真が中心になってしまう。同じように人の手で牛を屠る現場なのに…。それは便利になった分、合理化された分、いのちが見えにくくなっているからなのだろう。」と書いています。
その違いについて、「以前の方式」を見たことがない自分が、「新しい方式」をいきなり見て、どう感じるんだろう。ということが気になっていました。
実際に見て感じたこと
さて、牛を解体する工程をガラスを隔てたとはいえ、生で見てきたのですが、実はこのとき、行われている作業がめまぐるしく、工程を追いかけることに忙しくなってしまい、なにか感情が追いついていないというか、感傷に浸ってる暇がないという印象でした。
たしかに、係留されている生きた牛を見たときや石碑を見た時、胸に来るものがあったし、ものすごい現場を見ているという感覚はあったのですが。
ガラスを隔てているから、そこにある熱量や匂いはわからず、それも知りたいと思いましたし、そこは、牛を肉にする大きな工場にも見えました。
一方で、ノッキングや放血に始まる解体の現場を見て最初に感じたのが、
「ちゃんと人の手で殺してるじゃないか」というなんとも当たり前の事実でした。
『牛を屠る』の巻末には作業場の図解があります。
それと自分が見学した工程を比較すると、吊った状態で皮を剥いてないくらいで、基本的な流れは同じように思います。それになにより、どういう方式だろうが結局誰かに殺してもらってる事実は変わらない。
写真集や本で、胸がえぐられるような気持ちになったけど、実際に見学して感じたものは、それを更に上回る、淡々とした日常だったのではないかと思うんです。
日々を生きるということ
鶏の屠殺の工程を、あのイラストで表現したとき、 いくつか考えていたことがありました。
ひとつは、絵本のプロジェクトの延長だし。というシンプルでストレートなもの。
もうひとつは、「実体験」と「殺して食ってるらしいというただの知識」の溝を埋めるものとして。
その一方で、そのかわいさ故に、酷薄さが強調されるという一面もあります。描きながらも、本当にこんな絵描いていいんだろうかという気がしたのも事実です。でも、普段、日常の酷薄さに気づかずに過ごせてしまうということ自体が酷薄なのだとも思うんです。かわいいふりしてるけど、日常って実は酷薄だなあって思うんです。それで、「シリアスな内容だからと、いきなり絵のタッチをシリアスなものに変えたら、それはそれで不誠実な態度なのでは?」 とも考えました。
そして、酷薄な日常について思いを巡らしすぎると、身動きが取れなくなってしまうのも事実。
「いただきます」は感謝の言葉。自分を支えるすべてのものに対してそういう気持ちを忘れないようにしたい。そう思ってたし、そう思っているけど、「感謝」という言葉で表現していいのかすらわからなくなってきます。たぶんこれ、自己肯定感とのバランスも大事なんだろうと思います。それがないと申し訳ない気持ちに押しつぶされてしまいそうになるもの。
そして、托鉢の記事に書いてあることが、それのバランスの取り方のひとつの方法なのかなあという気もしています。
なんてことを書きながら、軽々しく「芋煮はやっぱり牛肉だよね」なんて思ってたりもするんです。
ちなみに「牛の解体」って文字を見ながら、この文字列の中に牛を二頭見つけました。「解」の文字は「角」「刀」「牛」でできてるんです。牛が刀で解体される様子がそのまま漢字になってるんですね。
いただきますをさがそう
»加古川食肉センター
»ちはるの森
»『牛を屠る (シリーズ向う岸からの世界史)』 佐川 光晴(著)
»『屠場』 本橋 成一 (著)
また、工程を絵にするにあたって、以下のサイトも参考にさせていただきました。
»花木工業株式会社
»東京都中央卸売市場