地元に暮らすお年寄りのためにと言う思いを受け、女性たちのグループが始めた手作りの市場。毎週店先に並べられる品々とそこに集う地元の方々のお話から、都会へと巣立った子どもたちと離れて暮らす人々の、「いただきます」を探ります。
◎文・写真 増田薫
「週に一度の朝市」月曜日、朝9時すこし前。海まで、数軒の家が連なり続く細い路地の入口に、「朝市」と大きく描かれたのぼりが立てられます。ちいさな離島、弓削島の「上弓削」地区で、週に一度朝市が開かれるようになったのは今から約4年前のことです。
「豆腐が買える店」 他の離島と同じように、この島でも過疎高齢化は急激に進んでいます。上弓削地区でも、昔はあったスーパーが閉店。島の中心部まで出掛ければ店もあり、一通りの物は買うことができると言っても、気軽に行けるのは車を持つ人たちだけ。バスの本数も限られ、足腰の弱いお年寄りたちは日々の買物に困っていました。 そんな折、市場を始めたのは、地元で長く活動していた女性グループの6人のメンバーです。このグループはこれまでにもさまざまなイベントや直売所で手作りのお惣菜を販売してきました。その実績を見込んだ近所の人たちから、お年寄りたちが立ち寄れる市場を始めないかという声が寄せられるようになったのです。 「それこそ豆腐も買えんかったんよ」 並んでいた豆腐をきれいに並べ直しながら教えて下さったのは、この朝市でずっと店番を担当してきたお二人です。 「それで『あんたたち(市場を)やらんかねえ』って言われたんよ。ひとりじゃようせん(できない)けど、仲間がおったけんねえ」 自分たちができることから少しずつと、週に一度の朝市が始まりました。
「ふたりぶんのお惣菜」店頭には、手作りのおかずやお寿司、手軽に調理できる豆腐、うどん、たまごと言った食材、果物、プリンや季節の和菓子と言ったおやつ、菓子パン、そして野菜は「だいたいみんな自分たちが食べる分は自分の畑で作るケン、少しだけ」並べられます。 なかでも人気があるのが、ひとりか2人分、ちいさなパックに入れられたおからなどのお惣菜、えびフライやとんかつ、コロッケなどの揚げ物、ちらしずし、いなりずしといった手作りの品々です。
弓削島の若者たちは、多くが関西や関東の都市部で進学、就職し、そのままその地に定住します。そして独立した子どもたちを送り出した親たちは、夫婦で、やがては独居となり島に残り続けます。 「年を取ると作るのもたいぎイ(疲れる、面倒くさい)んよ。揚げ物も(油が)危ないケンねえ」 かつては家族に日々出していたおかずやお寿司。今は食べてくれる人もいなくなって、わざわざ料理するのは億劫だけれど、やっぱり手作りのものが食べたい…。ここに来たら、そうした、手で作られたおかずが並べられているのです。
「食とおしゃべりと」「お茶にしようかねえ」 開店からしばらくすると、電気ポットとお茶菓子、インスタントコーヒーの瓶が陳列台の空いているスペースに置かれ、ちょっとしたおしゃべりが始まります。 シルバーカーを引いての散歩の帰りに立ち寄る人、畑仕事を終えた人、偶然里帰りしてきた若いお母さん…。朝市には近所に住む人たちが入れ替わり立ち替わりやって来て、座る列に加わったり、そのまま立ち話を始めたり。 そうした「寄り合い所」になってくれるのが一番うれしいと、運営する人たちは語ります。
大勢の家族と一緒に声をそろえていただきますをし、一家団欒を重ねた日々はもう遠いけれど、こうしてこの場に集まって、今日も元気にみんなと会える。食べるものが買えるだけではさみしい、おしゃべりをするだけでは食事の困りごとは具体的には解決しない。お客さんたちにとってこの朝市は、食となにげないおしゃべりとが揃うところなのかもしれません。
「また来るけんねえ、ありがとー」 シルバーカーの荷物入れに買ったものを入れてもらい、お客さんたちはみんなにこにこと帰っていきます。 どうか長くこのみんなで集まれる朝市が続きますように、そしてお客さんたちが元気で長く、この朝市に通えますようにと願わずにはいられません。