瀬戸内 離島から ~車エビ養殖の現場

瀬戸内の離島、生名(いきな)島。そこに昭和40年代から都市部に向けて車エビを出荷し続けている養殖所があります。その現場には、「良いところにお嫁に行きんさい」と、エビを育てあげ送り出す人が立ち続けていました。
愛媛県と広島県の県境に浮かぶ島から、車エビ養殖にまつわる「いただきます」をレポートします。

◎文・写真 増田薫

車エビを育む、4つの池

生名島。広島県の因島からフェリーで5分弱とほど近く、1970年代にピークを迎えた造船活況時には造船マンたちのベットタウンとして賑わったこの島も今は過疎化が進み、島内で唯一の診療所も10年ほど前に閉鎖されたままです。
そんな小さな離島から、「日輪養魚有限会社」が車エビを出荷し始めてから半世紀が経ちました。

広い広い土地。あちらこちらに秘密のオリジナルの機材が置かれている。

敷地面積35000平米あまり。魚の産卵場所となる海藻「アマモ」が群生する豊かな海にほど近いこの地での養殖は、前年に使われた水を抜き、車エビが育つ人口池を洗浄することから始まります。
池の数は大小4つ。まずは空にしたひとつの池にきれいな海水を引き入れ、それを順番に別の池に移動しながら、底に敷いた砂まで全て「納得いくまで」洗いあげます。
ひとつではなく4つ池があった方が
「効率が良いし、目が行き届き、小さな異変にも対処しやすい。まあ、まだ病気を出したことはないけれど」
と静かに微笑んで教えてくださったのは池本康子(やすこ)さん。
「やっちゃん」「奥さん」…。説明している間にも、養殖所で働く人たちから次々に声を掛けられます。
康子さんは20代の頃から約50年間、車エビの養殖に携わってきました。同じ生名島から八百屋を営むご主人の元へ嫁ぎ、その後始めた土木事業とふたつの仕事をサポートしていた康子さんの生活は、養殖業への業務拡大で一変しました。

血の通った生き物が相手

予算や案件ごとのパートナー企業、何よりもクライアントが予め決まっていて、定時に帰ろうと思えば、「何とか切り上げて」終えることができた土木事業とは違い、車エビの養殖は、だいたいの目安はあるとはいえ、気候や親エビのコンディションなどによって毎年ある程度の試行錯誤がつきまといます。
そんな養殖業を康子さんは
「血の通ったものが相手だから」
と、一言で言い表しました。

 

活きの良さは1年かけて保証される

取材にお邪魔した時、車エビはちょうど水槽から池へ放たれて一カ月が経つ頃。漁穫期に備え、夕方から晩にかけて、車エビの活動に併せエサを与えて育む季節を迎えていました。水上では常に幾機もの水車が回され、水の循環と空気の取り込みを行っています。

水質を保つ工夫が、常に成されている

瀬戸内の日差しを浴びて、池に溢れる水は海から取り込んだ海水。もとは塩田だったという土地柄、潮の干満を利用し、特製のパイプで海水を引き込んだり放水したりを繰り返しています。

「夜の海水はできるだけ入れたくない」と康子さん。海藻も光合成するから、昼間の方が酸素がたくさん含まれている気がして、と。海とのつながりをいつも感じている。

秋が深まればいよいよ漁獲期に入ります。イワシなどの匂いが強い魚を仕掛けた「地獄かご」や「電気網」を使い、こちらもエビが夜行性であることに併せ、深夜に作業が行われます。
「(かごや網を)出したり入れたりするけん」
と、康子さんも軽トラックを運転し、男性たちの移動をサポート。さらに、早朝からは康子さん一人に委ねらる選別、そして、女性たちとおがくずを箱に敷き詰めるところから始まる梱包作業へと続きます。年末年始のハイシーズンをピークに、康子さんの暮しにゆったりと休む時間はほとんどありません。

一度入ったら出られない「地獄かご」。緑色の袋にエサをいれる。

 

電気の刺激で、潜っていたエビを砂の外に出し、網でさらって捕まえる。

 

養殖業にとって一番大切なことは
「活きの良い車エビをお客さんに届けること」
だと、康子さんは静かに断言し、
「箱に詰める時だけ気をつければいいものじゃないんよ」
と、重ねて教えてくださいました。

養殖に携わる女性たち。「みんな10年は来てくれている」と康子さん。

池の洗浄に始まり、生育、漁穫、選別箱詰め作業…。すべての工程を積み重ねていくことで、活きの良い、つまりお客さんに喜んで食べてもらえる車エビ作りが実現されるのです。
「活きエビなんじゃけん、お客さんのところに付いた時に、おがくずの中でピンピンはねてないといけない。でもそれを自分の目で見ることはできんけん」
それだからこそ活きの良い車エビをきちんと届けるという自信は、一年の養殖作業を通じ、康子さんの中で育まれていくものなのかもしれません。

 

お昼休み。潮風が吹き込む日陰でみんなと食べるスイカはおいしい。

「良いところにお嫁に行きんさい」

地元の人たちにももっと、生名の車エビのことを知ってもらいたい。
そんな思いから康子さんと養殖場に携わる女性たちは、生名島と因島を結ぶ立石(たていし)港の目の前で、2年ほど前から月に1、2度、朝市を開くようになりました。

10個20個と注文が入る。どんどん揚げていく。

朝9時頃から並ぶのは、康子さんたちが車えびを使って早朝からこしらえた、コロッケやエビフライ巻、エビ天の天むす、ばらずしなど。それに惣菜や野菜、地魚、手作り豆腐も加わり、評判が評判を呼んで、最近では橋でつながった隣の島からでやってくるお客も増えてきました。
車エビのおいしさの輪が、康子さんたちの手で広がっていきます。


「(車エビに)よく言うのは、良いところにお嫁に行きんさい、おいしいと食べてもらいなさいよっていうこと」
康子さんは言います。
ルビーのような目、虹色の光沢を放つ尻尾、殻に浮かぶベージュとブラウンの縞模様…。確かに、箱に詰められて出荷される生名の車えびは、花嫁と呼ぶにふさわしい器量、そして、こんなにもおいしいものが食べられて嬉しい、ありがたいと思わず微笑んでしまう味わいです。

「肩が痛い、肘が痛い言いながらみんなでしよんよ」
そんな話もサラサラ、淡々と語る康子さんにとって養殖業は、毎年新しく工夫し実践しながら、車エビたちを赤ん坊から立派に育て上げ、嫁がせることなのです。

 

 

※「踊り食いが一番おいしい」と康子さん。
車エビの販売は、例年11月中旬ごろから。
以下は昨年の価格です。送料、消費税込み。

約700g 28尾 10,200円
約450g 20尾 7,200円
約300g 15尾 5,200円
約150g 8尾 3,200円
など

天候など諸事情により変動の場合がございます。何卒ご了承ください。

※夏季は冷凍品を承ります。どうぞお問い合わせください。
5-7匹程度 1,000円~

お問い合わせ先:
日輪養魚有限会社
〒794-2550
愛媛県越智郡上島町生名
TEL 0897-76-2438
FAX 0897-76-2592