「とまとやよずべぇ」小野貴之さんのお話 〜山、川、旅、そしてトマト

私たちは普段、「いただきます」を言うとき、本当に心から言えているのだろうか? 食べ物の原料、調味料、食器…。食卓に乗せられたものはそれぞれに想いを馳せるには多すぎるというのに…。決して「本当に言いつくせることのできない言葉」、それが「いただきます」という言葉の本質なのかもしれない。

この連載はそれでも「いただきます」という言葉を見つめつづけていくために、私たち「いただきますプロジェクト」のメンバーが、さまざまな場所に行ったあしあとです。「いただきます」ととなえる時に、この文章で出会った人たちの姿が、多くの人の心に思い出されることを祈って。



一回目の「いただきますをさがして」は、山形県最上郡は「とまとやよずべぇ」の小野貴之さん。ここでは「小野さんからのお話」と、「私たちから見た『とまとやよずべぇ』」のふたつの視点で、2回にわたってお伝えしたい。

◎取材・文 山本ペロ
◎special thanks to 児玉光史さん(地元カンパニー


「とまとやよずべぇ」小野貴之さん

お伺いしたのは8月のはじめ。トマトの収穫・出荷ははじまったばかりだったが、働きはじめるのは朝5時ころからだという。

朝5時といっても、そこは夏。もうすっかり日が昇っている。「昭和のおばあちゃんち」をほうふつとさせるお宅をおとずれると、すでに小野さんがしたくをして、私たちを待っていた。
真っ黒に日焼けしたその腕にはiphoneが握られている。

蜂とiPhone

iPhoneはすごく重宝してます。一人で仕事しているときは音楽かけてるし、電話もガンガンかかってくるんで…。あと、収穫量や、割れたりして出荷できなかったトマトの重さをエクセルファイルに書き込んだり。これは、自動で集計して見れるようにしています。そして収穫シーズンの後、いつロスが減ったか、収量が増えたかを、栽培記録と合わせてみて、来年の対策を練るんです。だから、昼休憩の時に充電しないと、ダメなくらい使ってますね。

このビニールハウスの中に、トマトが植わってます。あっちから8号棟まであって、主力商品が植わっています。ハウスの中に入ると、トマトの香りがしますよね? これは、実だけじゃなく、この木からも香ってるんです。ビニールハウスは、日光をより取り入れるためと、雨をよけるためです。雨があたると、やっぱりこいつら、弱るんですよ。雨水のはねかえりで、病気になることもあります。側面のビニールはとって、風を通してあります。だから、ハウスなのに涼しいでしょう? 温度が上がり過ぎると、トマトが呼吸だけに作った養分を使ってしまって、実や葉までに養分を届けられない、いわゆる夏バテ的な状態になってしまいますからね。

水やりにも気を使っています。太陽の光をあびて光合成するのも、水も、単にトマトの命を長らえさせるためのものじゃないんです。光エネルギーと、二酸化炭素を葉っぱの中にとりいれて、いろんな化学反応ののちに、クエン酸やブドウ糖など、トマトの味を決める物質も作っているんです。だから、水はしおれさせないものだけじゃなくて、肥料の一種だ、という考えでやってます。それから、乾いているときにいきなり水をやりすぎると、実にやってきた水分に対して皮の成長が間に合わなくてトマトが割れることもあります。人間でも、セルライトとかありますよね。繊細なんですよ…ほんと。

ハウス全体に管が通してあり、コックをひねると、肥料の入った水が出るようになっている。水をやる時間もiphoneのタイマーで管理。

ビニールハウスの片隅には、蜂の巣箱。トマトの花の受粉作業に必要なのだそうだ。「こいつらがいると、本当に助かります。人間には難しい作業を、完璧にやってくれます」と小野さん。巣箱から次々と飛び立つ蜂は、仕事場に向かう企業戦士のような、勇ましさが感じられた

トマトは花形、そして職人的

僕の親父はもともと役場職員をしながら農業をやってました。でも、だからか、若いころは農業やろうとは全然思わなくて…。大学出てから、タイでNGOのボランティアスタッフやったり、調理師として居酒屋にいたり、そのほか古着屋やトヨタの工場で働きながら、お金を貯めては一人旅に行ってました。それで、あるとき旅行中に「農業に対する異様なあこがれ心を持った関西人」に会ったんですよ(笑)。「自分は農家をやりたいのに、実家は農家じゃないから難しい。なのに君は実家が農家でうらやましすぎる!」と関西弁でまくしたてられまして(笑)。かなり農地を獲得するのに苦労するんですよね、実家が農業じゃない人は…。

バックパッカーで旅していたころの小野さん

そこで農業に興味を持ち始めた頃、インドを旅して、列車から見た田園風景に心奪われました。サリーを着た女の人が田んぼの朝もやの中を歩いていったりとか、水牛がゆっくりあるいていく…。ああ、こういう風景の中でする仕事もいいかな、帰ったら農業やってみようかな、って思ったんです。農業をするなら、きちんと勉強しないとダメだろうな、と思っていました。なので、まずは山梨県にある農業法人に研修生としてはいりました。そしたらそこが「野菜の生物としての仕組みに対して、どういうアプローチをすれば、いい野菜が作れるだろうか」ということをひとつひとつ科学的に考え、実践していたんです。そして、僕が何かアプローチすると、野菜からのレスポンスがやっただけ返ってくる。「これは面白い!」って思いましたね。

小野さんが山梨の「株式会社サラダボウル」で研修生として所属していた頃の写真(小野さんは中央)。「あいつは●●で独立して、こいつは●●で頑張ってて…」と、仲間を紹介する声は暖かい

その会社はいろんな種類の作物をやってましたが、僕はたまたまトマト部門に入ったんです。そしたらやっぱりお客さんの反応がすごくいいんですよね。好きな人が多い、花形といえば花形な作物なんです。お客さんの「おいしい!」という声を聞いて、さらに「トマトっていいな、面白い作物だな」と思いました。たとえば、ほうれんそうとか小松菜っていういわゆる「葉物」は、時期をずらして植えて、育てて、カットして…っていう作業を繰り返します。畑という限られたスペースをいかに効率よく回転させていくか、ということがキモの作物だと思うんです。対して、トマトはシーズンを通して一本の木を維持していく作物です。それにプラスして、実の味をいかによくしていくかを考えていく…。心をかけて手間をかけて、おいしく育て上げていく、職人的な作物なんですよ。

こうして立ち上げたのがぼくが代表でやっている「とまとやよずべぇ」です。はじめて4年になります。よずべぇ(与治兵衛)ってうちの屋号なんですよ。300年か400年位前に居た先祖なんです。

自分が作ったトマトがどこへ行くのか、見ていたい

今日は「いただきます」をテーマに取材に来られたんですよね?「いただきます」っていう言葉は、つまり「食べ物が生産されて食卓まで来る物の流れを感じよう」ってことですよね? 僕も、自分が作ったトマトがどこに行くのか、見ていたい。だから、東京にも売りに行くんです。自分のトマトを買っていく人の顔をみたいな、って思います。

東京のファーマーズマーケット「ヒルズマルシェ」に出展の様子。東京に住む小野さんのお兄さんの公良さん(写真手前)は、東京でイベント主催や販売をし「とまとやよずべぇ」を支えている

誰に一番食べてほしいか? そうですね…お子さんに食べてもらいたいです。野菜の本当のおいしさをわかってもらいたいですね。サプリメントが飲まずにはいられない生活をしている方もいると思うんですけど、サプリメントを飲まなくても、野菜をきちんと食べてれば大丈夫だよ、っていう野菜を作りたいですね。そのほうが、野菜も人も健康なはずなんです。一般的に植物に必要な元素は17元素っていわれてるんですけど、先進的に農業をやってる人にいわせると、64あるって言う人もいますね。ニッケルとか、モリブデンとか…。これらはほんのちょびっとあればいいんですが、あるとぜんぜん違う。あそこの畑、前は近所の人がわらびを植えてたんですけど、味が山でとれたわらびとまったく違うんです。まず、ふつうのわらびの特徴である、ぬめりや粘りがない。それはなぜか、と考えると、やっぱり微量栄養素なんじゃないかって思うんですよね。

ときどき出てしまうくすみのあるトマト、これも微量栄養素が足らない仕業だそうだ

山の場合は、木が根っこをいっぱい深いところまで張ってますよね。地下深く、微量栄養素含めエネルギーやミネラルを吸収してひっぱりあげる役割を木が担っているんでしょう。畑の場合はそういった木の役割を、人間が肥料をやることで代わってやらないと。だから、うちはにがりや牡蠣の殻、海藻肥料など、海の栄養分をトマトにやっておいしさを出すようにしてます。でも、実は微量栄養素はどれをどのくらい吸えるか、植物ごとにみんな違います。高麗人参みたいなのは、微量栄養素を吸い上げる力が強いそうです。毒草とか薬草の「毒」や「薬」にあたるものは、微量栄養素をどれだけ吸ったかが、影響しているのかもしれないです。

もっと「売る」に踏み込む

この「とまとやよずべぇ」は、両親に手伝ってもらってる部分もありますが、栽培方針や肥培管理(※1)は一人で決めています。しかし、いわゆる農作業と肥培管理を両方やるのは、一人ではさすがに無理があります。本当に収穫が大詰めの時は、日付が変わっちゃうこともあるくらいなので…。なので、芽かきや葉かき(トマトの日常的な手入れ)は、バイト君に来てもらって、一部やってもらってます。本当は、農作業関係はもっと人にまかせて、管理のほうに専念したいですけれどもね…。

※1 肥培管理:施肥・水やり・害虫駆除など、栽培に関するあらゆることを総合的に管理すること

葉かき・芽かきは、どんどん枝を伸ばして広がっていってしまうトマトの枝や芽を折り、主軸のみで育てていくために必要な手入れ。葉かきは地面そばで生えている枝を折り取る作業。地面近くに顔を近づけて、折っていく作業だ

そして農家って、ただいいものを作ってるだけじゃ生き残れなってくるんじゃないかと思うんですよね。市場や農協に納品していると、いろいろな手数料・送る時に入れる箱代・運送費…わりに全部農家持ちなんですよ。だったら、自分たちで直販できるようにするとか、小売店に輸送方法や販売方法をアイデア出したり、プレゼンしたり。「売る」ということに踏み込む必要もあると思うんですよ。そして、販売を手伝ってくれる人も、お客様に説明するためにトマトの知識を持っていてほしいよなーとか、農家で集まって搾取されない流通会社を作ろうか! とかも考えて、行動に移さないといけない。販売・経理・営業・機械関係の整備…その他もろもろ…総合的に知識を持っていかなきゃいけないんですよ。だから、結構大変ですね。

この土地で、楽しんで生きる

夢ですか…。まず、去年まで冬にやっていた「除雪」の仕事をしなくてもいいように、稼ぎたいなあ、って思います。仕事をやめて一番やりたいのは、収穫量やロスの量を記録するエクセルファイルのテンプレートを作ること。今は仕事終わりにやってるので、いつ息抜いていいかわからない生活なんです。メリとハリをつけた生活をしたいな、って思います。あとは、さらに色んな本を読んで栽培技術についての勉強をしたい。本当にそれでも時間が余ったら旅に行きたいです。一人旅がとにかく好なので。大学時代からちょこちょこ行ってて。それから、音楽もじっくり聞きたいですね。実はギターちょっとやってて。上手くはないんですけど。

農作業のあと、小野さんのお友達と川へ「魚突き」へ同行させて頂いた。子どもの頃から使っていたヤスで、魚を突く小野さん

(左)小野さん、魚ゲット!「いやー、変なところで遊ぶより、川へ来たほうが断然いいでしょ? でも、去年までは、こんなことする余裕まったくなかったので、川に来たのはほんとに久しぶりです」(右)「水中メガネのくもりには、ヨモギが効くんです!」と、草むらからとってきたヨモギを石でつぶして塗っているところ

定禅寺ストリートジャズフェスティバル  Some rights reserved by detsugu

そういえば仙台の「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」って知ってます? 9月にある日本最大のジャズフェスティバルですよ。参加800バンド、90ステージ、あらゆるジャンルのライブがすべてストリートで行われるんです。僕それが好きで、ビール飲みながら、2日間ぶらぶらしてるんですよ。ほんっと最高です。みんな寄付で成り立ってて、行政絡んでなくてっていうステキなイベントで。一回行くとハマりますよ。このあたりでそういう「イベント」的なことっていうと、いわゆる「寄合」みたいなことになります。民謡歌ってお酒飲んで…みたいな感じですね。でも、そういうのって俺らの世代は一緒に遊べない時がある。だから、俺らの世代で集まって俺らが気持ちのいい音楽聴こうよ、ってことで、農産物を食べながら酒飲んで音楽聞く、っていうイベントを今度僕が主催でやるんですよ。ちょっと前は、娯楽っていうとパチンコ行ったりって人多かったけど、俺の友達も、ツリーハウス作り始めたり、こうやって川で魚突きを楽しんだり、バックカントリーのスノボやスキーをやったり。この土地で、自分たちで楽しんで生きる方向に気づき始めた気がしてます。

小野さんのお友達が製作途中のツリーハウス。前には山の絶景、後ろには清流が流れているという、ステキな場所だ。作った人は、土台ができたときうれしくて、ここで読書を楽しんだという

とまとやよずべぇ

山形県最上郡、宮城県との県境にある4年目のトマト農家。樹上完熟栽培、適度な水分を与えながらトマトの本来の力を引き出す栽培などをしている。普段は東京のファーマーズマーケット、通販などで買うことができる。収穫シーズンは2012年は7月終わりから10月中旬くらいまで。シーズン以外でも買えるトマトジュースも好評だ。小野さんのお兄さんの公良さんは「東京で実家を応援する農家のせがれ・娘」が集まった「セガレ・セガール」のメンバー。

いただきますをさがそう

小野さんに、普段作業中に聞いている好きな曲、本などをご紹介いただきました。

»『神々の山嶺』 夢枕獏 (著)
»『踊れトスカーナ !』  レオナルド・ビエラッチョーニ (監督)
»『ルーツ・トゥ・リッチーズ』ママズ・ガン(CD)